藤元杏はご機嫌ななめ2 ―冷たい花火と優しい暗号―

「藤元杏はご機嫌ななめ」シリーズの二巻目。

一巻目は、「新本格ミステリー」っぽい匂いのする箱の中で、(いい意味で)反則みたいなトリックと、そして、何よりその「箱」からずれている主人公藤元杏(僕はシロが主人公だと思いたい気持ちがあるけど)の問題設定が新しく、驚きました。
今回、二巻目は、一巻目で露見したのとは別の、杏の「問題」が現れる巻です。


物語は、七月の北海道、七夕や花火大会を含む五週間、五章のお話です。
杏の所属する執行部で、企画した短冊を片付けている時、その中に「暗号」が混じっていることに気付くところからスタート。その暗号を解いたはいいものの、結果現れたのは新たな暗号。その暗号が解けないうちに「犯人」は分かってしまいますが、でも犯人が分かることは何ら問題を進展させず、うんうんと悩み続ける杏たち執行部一年の面々……。


と、人の死なない学園ミステリーとして話は進んでいきますが、それよりも(と言っては失礼だけど)人間模様が楽しい。
登場人物それぞれ、どういう人かという描写はもちろんされます。でも、誰が誰をどのように見ているかという、視線の描写がこのシリーズの特徴だと思います。視線の描写ということは、自然、例えば「杏は紫桐芹菜にどういう感情を抱いているか、というのはひいてはシロに対してどう思っているのかを描くことになる」という、「鏡としての他人」が現れることが多い。それは描写として暗に行われることもあれば、明に行われることもある。そしてそれは、作中で、変化します。
例えば一巻では、杏はシロをシロ、ポチ、ユートと呼び分ける。この二巻では……ネタバレになるので書きませんが、やっぱりそういうところ、あります。今はKindleでだけ出ている三巻、四巻でもあるので、かなり意識的にやっているのだと思います(一、二巻もKindleで出ていますがMF文庫Jでは書き直されているので、三、四巻もそのままいくとは限りません、念のため)。
本の著者近影にはないですが、パブーの自己紹介では「胸キュン小説を好んで書いています」とあって、なるほど高校一年の多感な時期、それも杏は東京から越してきたばかりで知り合いいない時点からのスタート、という設定でそんな描写されたらそりゃキュンと(或いはグサっと……)しますよね、という感じです。


それと並行して、伏線も面白い。
ミステリー(風味小説)に必須の出来事や謎解きだけでなくて、感情の伏線が注意深く、巧みに張られています。QQLというミュージシャンのラジオのエピソードみたいに、注意を引きやすい伏線の陰に隠すようにして、シロの北条若菜に関する発言だとか、さり気なく紛れ込ませています(僕の勘違いでなければ)。
更にそうした感情の伏線の持っていき方がミステリーの方の謎解きといきなりクロスするから、いやはや油断がならないですね。


あっという間に読んでしまいましたが、色々な面で盛りだくさんの楽しみました。


ところで今巻登場の北条若菜先生、読みながら『欠陥だらけの多面体と永久なる人形姫』でその若かりし頃を描かれていたなあ、と思いだして、読み終わってすぐにそちらも読み返してみたらQQLに関することも描かれていたりしてびっくりしました。興味のある方は読んでみたら面白いと思います。