亜夜子と時計塔のガーディアン 約束のチョコレート

とても上手で、ずっとメモを取りっぱなしの本でした。

今回は、亜夜子がレイに押し倒されるところから。いやほんとに。
まあそれは、読んで確かめてもらうとして、事件は(英国紳士が日本から留学して来た淑女を押し倒すのも事件だけど)レイの友人シーモアが警察に逮捕されるのが入り口になっています。

容疑は、切り裂きジャックとして。

当然友人が切り裂きジャックとは信じられない、というかそうではないと確信している、そして、自信が切り裂きジャックと因縁浅からぬレイは、友の濡れ衣を晴らすべく動き始めます。

シーモアの父親や学校の校長といった、腹に一物あり裏側を見せたりしない大人たち、レイと離れ離れになってしまいながら、不慣れなロンドンの下町で捜査に奮闘する亜夜子、亜夜子を拒絶して何も語ろうとしないレイ……。
という事件の展開を背景に、婉曲的で毒味のある上流階級の会話、娼館や下層階級と警察の衝突などロンドンの綺麗ではない面、校長寮のキッチンでキッチナーを使ってマーマレードを作るところなどの作者の趣味全開の描写(だと思う……)のエピソードを交えて物語は進んでいきます。
もちろん、主人公である亜夜子とレイの関係もしっかり描かれます。今回はレイに拒絶されてショックを受けたり立ち直ったり、レイと離れてみて初めて分かる彼の人柄や過去があって、それに対しての想いも二転三転したりと、大忙しの亜夜子でした。女の子は大変ですねえ。それを約束のチョコレートが結びます。


最初「とても上手」と言いましたけど、例えばこんな所。

亜夜子たちのいるスタグフォード校とロンドンのホワイトヒルズ校がフットボール(イギリスなので、サッカーです)の親善試合をすることになっていて、その打ち合わせでレイとホワイトヒルズの学生が話す場面、傍で見ている、留学生である亜夜子の視点で、レイの発音が綺麗なこと、綺麗な発音がこういう場では大事であることが描かれます。それと対比する、捜査のためにロンドン下町で聞き込みをするレイの、ほとんど聞き取れないような訛りの強い発音。これでイギリスの上流階級と下層階級の違いを描きます。「シスター・ブラックシープ」の三巻でもそうでしたけど、裏社会とか下層とか、そういう部分を描いて重層的に街を描くのが作者はとても上手だなあと思います。
これはしかも、伏線のための伏線ではなくちゃんと物語に必要なエピソードになっています。親善試合はこの巻の終盤で大事な役割を果たしますし、レイが下町の話し方ができるのは、彼自身の生い立ちによるシリーズを通した大事な描写なのです。

こういうのが随所にあって一々溜息をつきながら読んでいました。切り裂きジャックが(登場します!)自分を信用させるために使ったトリックとか。


それと、すごいびっくりしたんですが、終盤段々そういう雰囲気が滲んてきていたのですが、実はこの巻が最終巻でした。すごいショック……。