Anything

『Anything』。これね。
ミュージックビデオがGoogle Chromeをジャック——安室奈美恵の新曲プロモーション
http://www.advertimes.com/20150608/article194335/


Perfumeの対抗、を目指したように感じたけどまあそれは大したことじゃないというか色々やってくれればこっちは楽しい。で、Perfumeの時は何も思わなかったけど『Anything』はこれでもうウェブはあれだな、かつてのウェブは本当に終わるんだなと物哀しい気分になった。

亜夜子と時計塔のガーディアン 約束のチョコレート

とても上手で、ずっとメモを取りっぱなしの本でした。

今回は、亜夜子がレイに押し倒されるところから。いやほんとに。
まあそれは、読んで確かめてもらうとして、事件は(英国紳士が日本から留学して来た淑女を押し倒すのも事件だけど)レイの友人シーモアが警察に逮捕されるのが入り口になっています。

容疑は、切り裂きジャックとして。

当然友人が切り裂きジャックとは信じられない、というかそうではないと確信している、そして、自信が切り裂きジャックと因縁浅からぬレイは、友の濡れ衣を晴らすべく動き始めます。

シーモアの父親や学校の校長といった、腹に一物あり裏側を見せたりしない大人たち、レイと離れ離れになってしまいながら、不慣れなロンドンの下町で捜査に奮闘する亜夜子、亜夜子を拒絶して何も語ろうとしないレイ……。
という事件の展開を背景に、婉曲的で毒味のある上流階級の会話、娼館や下層階級と警察の衝突などロンドンの綺麗ではない面、校長寮のキッチンでキッチナーを使ってマーマレードを作るところなどの作者の趣味全開の描写(だと思う……)のエピソードを交えて物語は進んでいきます。
もちろん、主人公である亜夜子とレイの関係もしっかり描かれます。今回はレイに拒絶されてショックを受けたり立ち直ったり、レイと離れてみて初めて分かる彼の人柄や過去があって、それに対しての想いも二転三転したりと、大忙しの亜夜子でした。女の子は大変ですねえ。それを約束のチョコレートが結びます。


最初「とても上手」と言いましたけど、例えばこんな所。

亜夜子たちのいるスタグフォード校とロンドンのホワイトヒルズ校がフットボール(イギリスなので、サッカーです)の親善試合をすることになっていて、その打ち合わせでレイとホワイトヒルズの学生が話す場面、傍で見ている、留学生である亜夜子の視点で、レイの発音が綺麗なこと、綺麗な発音がこういう場では大事であることが描かれます。それと対比する、捜査のためにロンドン下町で聞き込みをするレイの、ほとんど聞き取れないような訛りの強い発音。これでイギリスの上流階級と下層階級の違いを描きます。「シスター・ブラックシープ」の三巻でもそうでしたけど、裏社会とか下層とか、そういう部分を描いて重層的に街を描くのが作者はとても上手だなあと思います。
これはしかも、伏線のための伏線ではなくちゃんと物語に必要なエピソードになっています。親善試合はこの巻の終盤で大事な役割を果たしますし、レイが下町の話し方ができるのは、彼自身の生い立ちによるシリーズを通した大事な描写なのです。

こういうのが随所にあって一々溜息をつきながら読んでいました。切り裂きジャックが(登場します!)自分を信用させるために使ったトリックとか。


それと、すごいびっくりしたんですが、終盤段々そういう雰囲気が滲んてきていたのですが、実はこの巻が最終巻でした。すごいショック……。

欠陥だらけの多面体と永久なる人形姫

発売したばかりの『藤元杏はご機嫌ななめ2 ―冷たい花火と優しい暗号―』に登場した、杏のお兄ちゃんや北条若菜の高校時代、執行部に所属していた頃の話。「藤元杏」を読んで思い出したので、読み返しました。


人間離れした能力を持っていたり、悪い意味で心が壊れていてもう人間じゃないよみたいな人ばかりだったのが、「藤元杏」ではあんなにまともになって(と見える)……と、にニヤニヤできるお話です。


ぴんと張り詰めた文体はそのまま(いや、「藤元杏」の方があとだし、上手ですが)に、ペシミスティックで暴力的な世界観を打ち出しているので息が詰まりそうになりながら読まされる感じ。


コメンタリーによると続きの予定はないということだけど、「藤元杏」が盛り上がったら書かれたりすると嬉しいなあ、と思っています。

藤元杏はご機嫌ななめ2 ―冷たい花火と優しい暗号―

「藤元杏はご機嫌ななめ」シリーズの二巻目。

一巻目は、「新本格ミステリー」っぽい匂いのする箱の中で、(いい意味で)反則みたいなトリックと、そして、何よりその「箱」からずれている主人公藤元杏(僕はシロが主人公だと思いたい気持ちがあるけど)の問題設定が新しく、驚きました。
今回、二巻目は、一巻目で露見したのとは別の、杏の「問題」が現れる巻です。


物語は、七月の北海道、七夕や花火大会を含む五週間、五章のお話です。
杏の所属する執行部で、企画した短冊を片付けている時、その中に「暗号」が混じっていることに気付くところからスタート。その暗号を解いたはいいものの、結果現れたのは新たな暗号。その暗号が解けないうちに「犯人」は分かってしまいますが、でも犯人が分かることは何ら問題を進展させず、うんうんと悩み続ける杏たち執行部一年の面々……。


と、人の死なない学園ミステリーとして話は進んでいきますが、それよりも(と言っては失礼だけど)人間模様が楽しい。
登場人物それぞれ、どういう人かという描写はもちろんされます。でも、誰が誰をどのように見ているかという、視線の描写がこのシリーズの特徴だと思います。視線の描写ということは、自然、例えば「杏は紫桐芹菜にどういう感情を抱いているか、というのはひいてはシロに対してどう思っているのかを描くことになる」という、「鏡としての他人」が現れることが多い。それは描写として暗に行われることもあれば、明に行われることもある。そしてそれは、作中で、変化します。
例えば一巻では、杏はシロをシロ、ポチ、ユートと呼び分ける。この二巻では……ネタバレになるので書きませんが、やっぱりそういうところ、あります。今はKindleでだけ出ている三巻、四巻でもあるので、かなり意識的にやっているのだと思います(一、二巻もKindleで出ていますがMF文庫Jでは書き直されているので、三、四巻もそのままいくとは限りません、念のため)。
本の著者近影にはないですが、パブーの自己紹介では「胸キュン小説を好んで書いています」とあって、なるほど高校一年の多感な時期、それも杏は東京から越してきたばかりで知り合いいない時点からのスタート、という設定でそんな描写されたらそりゃキュンと(或いはグサっと……)しますよね、という感じです。


それと並行して、伏線も面白い。
ミステリー(風味小説)に必須の出来事や謎解きだけでなくて、感情の伏線が注意深く、巧みに張られています。QQLというミュージシャンのラジオのエピソードみたいに、注意を引きやすい伏線の陰に隠すようにして、シロの北条若菜に関する発言だとか、さり気なく紛れ込ませています(僕の勘違いでなければ)。
更にそうした感情の伏線の持っていき方がミステリーの方の謎解きといきなりクロスするから、いやはや油断がならないですね。


あっという間に読んでしまいましたが、色々な面で盛りだくさんの楽しみました。


ところで今巻登場の北条若菜先生、読みながら『欠陥だらけの多面体と永久なる人形姫』でその若かりし頃を描かれていたなあ、と思いだして、読み終わってすぐにそちらも読み返してみたらQQLに関することも描かれていたりしてびっくりしました。興味のある方は読んでみたら面白いと思います。