闇と炎の狩人――魔法使いディノン2

以下、多分に『魔法使いディノン』のネタバレを含みます。
(BGM - Never Let Go - 宇多田ヒカル


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「ねえ。どうして、寄って来なかったの?」


予想通り肌寒い九月の札幌に着くと、そんな言葉を掛けられた。


「せっかく、生まれ故郷に行ったのに」


僕は千葉のある街で生まれた。
今回、コンベンションの為に上京して、千葉に住む先輩の部屋に泊めてもらった。一週間も滞在して、その間、当然何度も東京とこのベッドタウンを行き来したのだ。途中、必ず、故郷の街の名を持った駅を通り過ぎた。


「いや、ほら、忙しかったし」


嘲るような視線を向けられた気がしたが、僕は気付かない振りをした。
自分でだって、言い訳に過ぎないと分かっているのだ。


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『魔法使いディノン2 闇と炎の狩人』は前巻『失われた体』の直後、自らの姿を取り戻したディノンが再び姿を変え、黒髪に一房の金髪持つユーヌリオンとなるところから始まる。
失われた体を取り戻した読者は、自らのいた世界へと戻る術を求め再びユルセルームを歩く。


この巻での戦いは更に過酷で、課せられる謎は更に難解である。
ユルセルームを滅ぼすほどの力を持ち、人の心に、心の影に隠れ潜むザーゴン・ウリュリュップを追うディノン――ユーヌリオンは〈弦なき竪琴〉を手に入れ、吟遊詩人としてエドク領主の邸宅に招かれてそこを拠点にザーゴンを探すことになる。
邸宅では領主の家族のみならず、客人、使用人など大勢が住んでおり、とてもすぐには、誰の"心の影"にザーゴンが潜んでいるかを暴けない。それぞれから慎重に話を聞き、心に浮かぶマジックイメージの助けを借りて、更にプレイヤーの頭を悩ませる謎を解いてザーゴンに至らなければならない。
そうしなければ“こちら側”に帰って来られない。


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僕は故郷の風景を憶えていない。
無理も無い。何しろ物心付くか付かないか、初めての歳を取る前に札幌に越してきたのだから。
だから、ずっとこの街にいるのだから、夏と言えば一週間ほどしか無く、秋は凍み入る空気の中を登校し、雪虫が出たらすぐに冬で、雪が解けて初めて春になる、そんな四季が当たり前になっている。


「何にも憶えてないの? じゃあ、確かに、寄らなくっても仕方無いか」


実は、ちょっとだけ憶えている。
僕の持つ、多分一番古い記憶。
高台の公園で、バネの上に動物型の椅子を乗せて、前後に揺することができるおもちゃに寄り掛かって父と母と遊んでいる、光景が、頭の中にしまわれてある。


「それだけじゃ何処だか分からないねえ」


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『闇と炎の狩人』には複数のエンディングが用意されている。
ユーヌリオン――ディノンが自分のいた世界に帰れるのはそのうち一つだけで、自分で自分の支配者となった時に、故郷への階段を昇ることができる。
大地を治めても、光を治めても、闇を治めても、それは、ユルセルームに留まることを意味している。


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「でも、本当は、自分の生まれた所に帰るのがちょっと怖かったんじゃない?」


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僕のディノンは、何を治めるか問われた時、自分と大地を計りに掛けて、大地を選んだ。
このかりそめの大地に、骨をうずめた。


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今度、ゆっくり、充分な時間を取って戻ってみたい。



「歌は終わったのか?ユーヌリオン」
自分の名前を呼ばれた吟遊詩人は上目遣いに領主の顔を見つめた。
「続きはあります。あなたが続けたいと思ったときに」吟遊詩人は初めて小さく微笑んだ。

――涙の花 teary bloosomes falling in the wind(Role&Roll Vol.1)


雨音の眠たい昼下がりに。
(BGM - Shape of My Heart - Sting