ユートピアズ
本屋で表紙を見たらいつの間にかレジに持って行っていました。
うめざわしゅんの『ユートピアズ』。
- 作者: うめざわしゅん
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2006/06/05
- メディア: コミック
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どう表現していいのか。
各短編は、現実世界をちょっとずらしたファンタジーなんですが、そのずれに関して説明的でなく、当たり前と言うか、ともすればただの説明不足になりそうなところまで既知の世界のように描いているのが特徴です。
その状態を指して『ユートピアズ』というタイトルを付けたのかな。
こんなタイトルを付けることから想像付くように、それぞれの作品の世界は、理想郷なんかではありません。まあ、かと言って特別殺伐としているとかディストピアだということもなくて、ただ「違う」だけなんですけど。
以下各編の紹介と感想。一応(ネタバレしない範囲で)ストーリーも記しますが、短編なんでストーリーだけ見てもあまり面白そうに見えないかも。
あと、掲載順に紹介しますが、「チューブ」辺りから面白くなってくるので、全部読むのが面倒な人はその辺からでも。
ナオミ女王様に仕えた日々
女王様というのはSMの(らしい)女王様で、この世界では上述の通り社会的価値を高く認められている存在です。注釈の部分も、漫画の中に入っている物です。
公認女王様とは
国家公安委員会に認定された
M系性的困難者*1のために
働く女王様のことです。
物語は主人公の少年が、女王様が認定試験を受ける前の訓練用の奴隷となって、一定期間暮らす間の物。最初は喜んで奴隷をやっている主人公ですが、ふとした切っ掛けで女王様との間に断絶を生み、一欠片の勇気でまた、仲を取り戻す、という青春ストーリー。
……なんですが、自信喪失中の女王様の前で、主人公がクラスメイトに苛められている時、「僕をいじめていいのはナオミ女王様だけだっ!!」と叫んで感動する女王様、突然、主人公を苛め始めます。苛めっ子の方も苛めをやめず、結局みんなで主人公をボコることに、とか、笑いながら読みました。
オソロ
世界は普通の日本みたいです。
彼女がペアタトゥーなど、自分とオソロにしていくのに喜ぶ主人公。
しかし彼女のオソロ願望はエスカレートし、髪型を一緒にしたり、主人公とオソロにする為「だけ」に整形手術を受けたり。そして最後には……。
彼女の行き過ぎたオソロ願望による恐ろしさを描いたホラーです。普通の漫画。
チカン列車は危険がいっぱい
急いでいたために、間違えて電車の女性専用車両に乗ってしまった主人公。
乗員の女性達にチカン疑惑を掛けられ、勝手に「それを晴らす為」と無理難題を押し付けられて、どんどん疑惑は深まってしまい……。
ストーリーだけ見ると普通ですが、痴漢疑惑を晴らす為の試練が、腕を縛られてから老婆によるオーラルレイプ(とは言わないかな? 入れ歯を外してのフェラチオです)をされ、勃起したら痴漢確定、とか、そういうんで、あほらしい。
オチが普通だったのが残念かな。
チューブ
12年の植物状態から目覚めてみると、社会は一変していた。
煙草はなくなり、自動車には乗車は、あなたにとって交通事故による死亡の危険性を高めます。
車の排気ガスは(以下略)
、離婚届にはこの用紙は縁だけでなく 指を切る等の危険が(以下略)
、などと書かれていて、自分の健康・安全管理は常識、というか義務、できない人は軽蔑されるほどです。
12年も植物状態だったのですから無論妻には新しい恋人が出来ており、息子さえまともに自分を見てくれない有様。
最初流されていたそんな主人公が、この社会のおかしさを改めて認識し、そして息子に父の姿を見せるというお話。
この辺りから作者のオリジナリティが顕著になってきます。
ちょっと宙ぶらりんで、もう少し巧く全体の中に埋め込めるエピソードもあるかな、という感じなんですが、むしろその乖離がいいと思ってしまうのはよくないのでしょうか。
センチメンタルを振り切るスピード
高校生の主人公には仲がいいけど別に付き合っているわけではない女友達がいます。
その友達に、朝一緒に走って登校しながら、「自分は東京の美大に受かったので、この街を出て行く」と告げるところから物語りはスタート。
その女の子の幼馴染であり、彼女のことが好きな同級生に殴られてみたり、女の子に言えない言葉があったり、旅立ちの日に彼女も誘ってみたり、と、絵に描いたような青春エピソードが並んで、東京での暮らしも少し描かれて、終わります。
変な世界設定があるというわけでもなく、ただ、出てくる人はみんな、走っている。それだけが普通じゃない。
それだけで、面白い。
読後感が爽やかだし、悩みはしますがこの本の中の一番をあげてもいいかな。
つながった世界
ある日、主人公の女の子は、同じ電車に乗った話したこともない男の人に一目惚れしてしまいます。
ところで、この漫画の世界ではみんな、自分の心を隠さずなんでも話し合います。お陰で、クラスメイトとだって全員と家族のように仲がいいし、家庭崩壊なんて問題もありません。
ところが、主人公は、一目惚れのことを友達に話せません。秘密を持ってしまったわけです。そのことはすぐ態度に現れて、「隠しごとはやめようよ?」と迫られて……。
小説で読みたかった一編。
この社会の異常さは漫画で実感させるのはちょっと難しいみたいで、主人公のモノローグがを増やして対応しているんですが、やっぱり小説の方が巧くいくんじゃないかなあ。まあ、小説でこれをやると、かなり古臭いことになってしまうんですが。
ヘイトウイルス
ヘイトウイルスなるウイルスが発見され、認知されている未来。
このウイルスに感染して発症すると、人を憎むことを覚え、諍いを生んでしまいます。しかし、この世界では既にワクチンが開発され、感染者も数年間見付かっていません。争いのない平和な世界なわけです。
弟が妻と関係を持っても、全く憎しみを覚えないほど……。
逆転の発想、ですかね。
オチは結構読みやすいんですが、それでも最後に提示される二者択一は結構悩みそう。
どつきどつかれて生きるのさ
日本人は全てボケとツッコミのどちらかになっている世界。
ここでは、コンビ結成が結婚に匹敵するほどの重要性を持っています。殆ど一生に一度の出来事ですし、他人のボケにツッコむのは不躾とされます。
この世界で、長年組んできたボケに振られた主人公が、悲しみを癒しにキャバクラならぬボケクラへと訪れる所から物語り開始。そこで出会ったボケとのラブストーリーボケツッコミストーリー。
清々く分かりやすいいエンターテインメント作品。
今までの作品に共通の不気味さが無くなってしまっています。楽しめるからいいようなちょっと残念なような。
誰が為にカメは在る
彼女とヤることしか考えていないような高校生が、ある日頭を打った拍子に宇宙の真理に気付いてしまいます。それは、この宇宙が一匹のカメで、10の40乗年後にはひっくり返り、宇宙が消滅してしまうこと。
それを計算式まで書いて力説するのですが彼女も学校の先生も当然取り合ってくれません。しかし、次第に物理学会で価値が認められ、一躍有名人になってしまいます。
これで、地球のみんなが争いなんてやめる、と喜ぶ主人公ですが……。
かなり面白い作品。「センチメンタルを振り切るスピード」の所で一番と書いてしまいましたが、こっちが一番かも(笑)。
身近なこととスケールの巨大なことが描かれて、中間が無いというのは、最近の流行でしょうか。
*1:一定以上の加虐を受けないと性的満足を得られない人達のこと。