シュナの旅

映画の『ゲド戦記』の原案ということなので、宮崎駿の絵本(絵物語?)『シュナの旅』を、読みました。

シュナの旅 (アニメージュ文庫)

シュナの旅 (アニメージュ文庫)

読み終わって、ほっとする、お話でした。
痩せた土地の王子シュナが、西方へと旅をして、実りをもたらしてくれる黄金の種を求める物語なのですが、
そして、結果としては種が手に入ってめでたしめでたし、というお話なのですが、
なんだか、象徴的だったり、超越的だったりする表現が出てきます。
ある森で、のっぺりと身体性が感じられない巨人が出てきて、死んで、他の生物がそれを食ったり、
月のような青白い光が、上空を飛んで行ったり、
シュナが心も言葉も全部失ってしまったり、
などです。


形而上的な雰囲気を出し、思考が抽象的になるような、そういう要素が並んでいて、
でも大切なのは、大地に大いに実る種を手に入れて、畑が豊かになって、飢えることが無くなる、ということです。
大地が、安定、安心の基盤となっています。
そうして、物語が閉じた時、僕はほっとしたのです。


何故でしょう。
特別畑や大地に縁深い所で育ったわけではないのに、それなのに安心を覚えてしまうのは、おかしいなと、読み終わって、安堵して、その直後に、不安に思ってしまいました。
この感覚は不思議です。
もしかしたらこれまでに見た、「大地は母親的で、安心する」という有形無形の他人の価値観が、影響しているのかも知れません。どちらかというと無形の方が、影響しそう。


「大地は安心する」という価値観が通用するのは、いつまでなんでしょうね。